ハン・ノヴァ。
ロードレスランド東部に位置する大都市である。
かの「鋼の13世」が造成した街は鉄鋼業が盛んで、市井にも鉄製雑貨が普及している。
 そして現在この街は、元老院から「あの」怪しくも力のある謎のカリスマに移ったのだ。
ギュスターヴ13世の孫。
その肩書きの人間など、今日び何人見かけるだろう―――と言うのは、昔の話。
現在ハン・ノヴァを統治しているギュスターヴの登場までのことだった。
 この街に突如現れ一万二千のヤーデ兵をわずか三千で破った、謎の男。
そんな大層な事を成し遂げてしまって英雄と奉られ、
今となっては「彼が本当にギュスターヴ13世の孫なのか」と疑う声も少ない。
 ハン・ノヴァの住民からすれば、彼は英雄。この際、生まれなどどうでもいい。
大切なのは正当な血筋よりも、民を思う行動なのだ。


 だが、そのギュスターヴに関する、奇妙な話がある。
その瞳を見ると、恐怖でアニマが凍え、身体は石となるとか。
夜な夜な愛剣を携えて古戦場に赴いて、魔物の生き血を啜っているとか。
―――どれもこれも、街の危機を救った英雄の伝説のようには聞こえない。
しかし、そんな彼に、さらによく分からない話が残っている。
彼はハン・ノヴァの宮殿の執務室に、それは大事そうに、何かの卵を保管していたらしい。
それは彼の子供だとか、世界の災厄が詰まっているとか、色々な噂が飛び交ったそうだ。
だが、その噂の真相を知っているものは、当然ながらいない―――。
ハン・ノヴァの民も、ギュスターヴの側近「エーデルリッター」も知らない、秘密。
 と思われていたのだ、
が。


 鋼の都の住宅街の一角に、ひときわ大きい家が建っている。
庭には背の高い落葉樹に薔薇の花壇、ドアには獅子の顔を模したノッカー。
どう見ても、豪商や政治家なんかの金回りがよさそうな人間の屋敷だ。
しかし壁には蔦が巡り、心なしか日陰がち。夜に近寄れば化物屋敷に見えるかもしれない。
そしてこの日は、激しい雨が街を襲っていた。
暗雲とともに姿を現した雷は、より一層、その館の不気味さを増していた。

 ところでその家の中を今歩いている男も、世俗から離れた印象を与えるものであった。
まず目を引くのは、人ごみを歩いていても少し見つけやすい背の高さ。
軽く揺られるのは銀色の長髪、首と顔しか露出していない肌も、雪のように真っ白。
全身が黒で統一された服装のせいだろうか、その肌の白さがより際立つ。
顔立ちは目深に被った黒い帽子でよくわからないが、どことなく落ち着いた雰囲気だ。
 屋敷の中はずいぶんとホコリをかぶっている。
銀の燭台や金縁の中に収められた絵画も、本来ならば色鮮やかに見えるものかもしれない。
しかし金属がわずかに映し出すのは、灰色がかった古びた屋敷の内装だけ。
 床に敷かれた赤い絨毯だけは、小奇麗に鮮やかさを見せている。
と言うのは、ごく僅かの人間が、激しく往来を繰り返すからだ。
 男はホコリを吸い込んで軽く咳き込んだ。
屋敷の作りの関係で、その音は館全体によく響くようになっている。
普段は豪勢に見える天井の高さが、男はこういう時だけ恨めしかった。
 程なくして、ぱたぱた、と軽快な足音が奥から聞こえてきた。
「あ、おかえり」
一人の少女が、階段を降りてきたようだ。
淡い水色のワンピースと、同じ色の髪留めでゆるやかに波打つ金髪をまとめた可憐な子だ。
「ただいま戻りました」
黒服の男は、目深にかぶっていた黒帽子を外し、顔を上げた。
すると、真っ先に少女の目に飛び込むのは赤い目―――それは、まさに血のような赤。
 割と整った目鼻立ちに白い肌。美形と言ってもよさそうな端正な顔立ちだというのに、
どういうわけか、その赤に目を奪われるのである。
 しかし少女はまったく意に介さず、赤目のもとに軽やかな足取りで近づいていく。
少女に何か期待するような視線を向けられ、赤目は赤くて埃っぽい絨毯に片膝をついた。
直立しているよりも、この体勢の方が彼女の目線により近いのだ。
それを見ると、少女は赤目に耳打ちした。
「どうだった?奴らは」
彼女の言葉の調子こそは、年相応の少女のそれだった。
しかし顔は薄ら笑いを浮かべ―――まるで「悪の組織」の首領のような顔つきである。
「目立った動きはありません。…ただ、ギュスターヴは着実に力を蓄えているようです」
赤目は、そんなことには慣れきったかのように、平然と少女に話した。
「むぅ」
少女は眉をひそめた。
赤目は彼女の機嫌を少し損ねたことを感づいたが、とりあえず報告を続けた。
「政治的には、表立ったことはないようです。強いて言えば、軍事演習のなんとかが」
「ん、わかった。ありがと」
報告の半分も聞き終わらないうちに、少女はくるりと踵を返した。
「とりあえず、圧力が増えなければいーの。それじゃ、ゆっくり休んでねー」
それもこれも、そろそろ日常と化してきた。
赤目は溜息をつくと、黒ずくめのコートと帽子を抱えて、さっさと私室へ戻っていった。


 思えばこの街は、元老院が切り盛りしてきたはずであった。
それがギュスターヴの出現により―――乗っ取られたわけである。
そこで困っているのが元老院だ。
あのギュスターヴをハン・ノヴァに招き入れたのは彼らではあるものの、
あそこまでギュスターヴが勢力を伸ばすとは考えていなかったのである。
おかげで元老院は、ほとんど機能していないようなものである。
長老達は職を失ったも同然。権力も失墜し、今ではひっそりと影を潜めている。
この家も例外ではない。主は現在病の床に就いている。
そこでこの家の当主代理となっているのがあの少女、リゼット。
「ギュスターヴは独裁者。あのヤーデ伯と何が違うの!
 わたしが望んでいるのは、街が住人の手によって、平等に運営されていくことなの!」
僅か10歳にして、この街からギュスターヴを追い出して元老院の復活を狙う子供だ。
この少女も、いつも大事に持ち歩いている鉢植えが不思議と言えば不思議だが、
それはまだ万人が気にするほどのことではない。

 そして、彼女が自ら街を歩いてスカウトした部下達―――クラジューシュバリエ。
「わたしの、忠実な部下たち。
 …あいつを倒し、そしてこれからを構築していくための、大切な皆なの」


 鋼の帝王の都に、新たなるギュスターヴが知らないところで動き出す陰謀があった。
それを彼が察知するには、まだしばらく時間がかかりそうだ―――。

いい加減にエーデルの更新をしなければ、と思いつつ書いた一品。
偽ギュスターヴとエーデルリッターの対抗組織っぽいものがあったらどうだろう、
あぁ戦隊モノで作った即席の敵がいたやん、これ使ってみようか。
…となって登場いたしました、リゼットとクラジューシュバリエ。
とりあえず、ちょっとしたプロローグっぽく。
詳細は追って出します…と宣言しておきます。

書いた奴:清風はオリジナルが書きたいのに世界観が固まらない方を応援します。