エーデルリッター(1)


「やはり石切場のようだ」
「…またかよ」
 ロードレスランド西部、ユニ。御影石の石切場の近くに存在する小さな村である。
その村のはずれに自警団員は集まり、今日の仕事を始めようとしているところだった。
「あそこのモンスターは、何度退治してもいなくならないなぁ」
銀髪の男は、だいぶ疲れたような声の調子で、自警団員に言った。
それに相づちを打つように、若い男は少々ぼやき気味に呟いた。
「戦争が多いからね」
 ここ四、五年前―――ヤーデ伯がチャールズに代わった辺りからだっただろうか、
「鋼の十三世」ギュスターヴの孫の名を騙った反乱が続出しているのだ。
それは混乱した世の中に救いを求める民衆が作り上げた「英雄の孫」なのか。
 だがそんな事を考えるのは、今のところはとりあえず歴史学者に任せておこう。
「モンスターが食らうアニマには事欠かないものね」
溜息に混じりにそう言ったのは、女である。
 戦によって人間が死ねば、その人間のアニマは自然に還る。
 しかし、自然に還り損ねた「漂流アニマ」はモンスターが喰らったり、
死者の肉体に取り憑いたりして、モンスターの強力化や増殖に滑車をかけるのだ。
 かくして、ユニ村の自警団員はモンスターの住処である石切場に向かうのである。
「(それにしても、モンスター退治っていうのも面倒な仕事だな。仕方ないんだが)」
目的の敵―――いわゆる洞窟の主とか、そういう類のものを倒す仕事とは違って、ただ「モンスター退治」というのは、単調作業なものである。
純粋な「数減らし」がどれだけ面倒なことかは、銀髪の男は認識していた。
「放っておくと、強力なモンスターが増える。村の為だ、行こう」

 ミカゲの石切場は、昔はちゃんとした石切場として人々が働いていた。
ここで取れた御影石は良質のツールの材料になったらしい。
つまり石切場がちゃんと機能していた頃には、人も多かったのである。
だからこの片田舎にユニ村が出来たのだろう。
 さてその石切場も現在は―――100年くらい前かも知れないが、
ほとんど放棄状態となっているため、モンスターの巣窟と化したわけである。
 ここには地下洞窟もあるらしいのだが、
あいにく自警団員達はそこまで足を踏み入れた事はなかった。
わざわざ探索する必要もないだろうし、何よりも彼らの目的はモンスター退治なのだ。
そして、そのモンスター退治というのも、ヴィジランツとしての経験をある程度積んだ彼からすれば、結構危なっかしいものに見えるのである。

「ワッツ、右だ!」
銀髪の男は手足が退化したワニ、アーマーン一体を相手にしながら、
すぐ近くで数匹の大ガエルを相手している若い男に短く声をかけた。
 ワッツはその声に応えて軽く右に跳び、手にした木槍を大きく旋回させた。
大ガエルの胴体を薙ぐようにして槍を振るうと、そこに女が剣で払い抜ける。
「サルゴン!」
女の声に応え、銀髪の男は陸ワニを即座に切り倒すと、大ガエルの群れの中に炎の術を放った。
 サルゴンが放った火柱は、大蛇を形作り、大ガエルの群れを飲み込んだ。
フレイムナーガとはそういう術なのだ。カエルはナメクジに強いが、蛇には弱いのである。
当然ながら、炎の形とかはイメージから作られているのだが、それが本当にカエルに効果を表す辺りは不思議である。
 まあ彼らは術士でもないので、そんな事は深く考えようともしないのだが。
 炎が収まると、彼らは大きく息をついた。
これでまた一つのモンスターの団体を撃破したのである。
「グレタ、さっきのは少し踏み込みが足りなかったかもな」
「分かる?やっぱり元ヴィジランツよね」
剣についたモンスターの体液を軽く拭き取りながら、サルゴンはグレタに声をかけた。
その言葉に対して、グレタは少々ばつが悪そうに苦笑いした。
 ヴィジランツとは、クヴェル発掘人や術士の護衛を生業とする職業の事である。
高い戦闘能力を持ちながらもヴィジランツとしてではなく一介の冒険者として行動する者もいるので、
職業の区分としてはあまり明確な方ではないのだが。
「ま、サルゴンはそれだけが取り柄だからな」
「悪かったな」
ワッツが乾いた笑いを見せると、サルゴンは少々不機嫌そうな表情で彼に言い返した。
「しかしまぁ…こいつら、どこから湧いて来るのかしらね」
グレタは、足元に転がっている大ガエルの死体を見ながら、いかにも気味悪そうに言った。
「確かに。いくら倒したって出て来るし…なんか、これって不毛な作業だよなぁ」
「言うな、ワッツ。せっかく気付かないようにして…」
ワッツの言葉に、サルゴンは相槌を打った。
しかしその言葉は途中で切れ、彼は腰の剣に手を掛けていた。その目は、戦いの時の鋭さ。
自警団員の二人はその様子に気付き身構えて、サルゴンに小さく尋ねた。
「どうしたのよ」
「何かいる気がするんだが…」
グレタの問いに、サルゴンは声のトーンを極力落として答えた。
それに対して、ワッツも緊張した面持ちで答えた。右手に握る木槍の感触が強く伝わる。
「そうか?俺はそうは思わないけどな…」
「その割には、顔と言ってることが合ってないわよ」
グレタはワッツを見て笑いをこぼしたが、彼女も剣をしっかり構え、臨戦体勢である。
「気のせいかな…」
「なんだよ、脅かすなよ」
サルゴンの不思議そうな声によって、その緊張は一瞬にして崩れ去った。
「まあいいか…もう少し進もう」
そうやって、ユニ村の自警団員達が石切場の奥に進んでいくのを見ている人影があった。
「…使えるかもしれないな…」
微風で、男の金髪が揺れていた。

 だいぶ石切場の奥のほうに差し掛かってきた頃、サルゴンは突然足を止めた。
「なんだよさっきから…。まだ何かい…」
ワッツがサルゴンにそう言っている途中に、サルゴンは一本の短刀を後ろに投げ放った。
 金属のような物にぶつかった音がした。御影石ではない。
「感づかれていたか」
石の影から、男が現れた。
 少々長い明るい色の金髪を後ろで束ね、片手には金属のような外見をした剣。
緑青色の瞳はやけに冷たさを感じるようで、しかし自分に好感は持っているようにも見え。
 それよりは高い襟に目が行く。あまりこの辺り―――主無き地、で見る服ではない。
南大陸とかメルシュマン方面の国の将校とか士官だろうか、とサルゴンは思った。
 しかし今気になるのは、服装よりも、そのアニマの強さ―――から出た迫力だろうか。
あまり激しいものではないが、静かな力の波動のようなものが感じられたのである。
「何者だ」
「ギュスターヴ」
サルゴンは、短く男に尋ねた。相手も、それ相応に短く返した。
 ギュスターヴと聞いて思い当たるものは、
ここ四、五年前から流行り出した「鋼の十三世」の孫である。
 何処をどう見ても胡散臭い、と彼は思った。
「こっちはこれから命懸けの戦いなんだ。冗談は他所でやってくれ」
だからこそ、サルゴンは溜息混じりに呆れながら答えた。
彼のその言葉に、自称ギュスターヴは一瞬苦笑いを見せた。
が、すぐに表情を戻し、サルゴンに提案した。
「まあ待て…モンスター退治なんだろう。私も手を貸そう」
「戦力は欲しいが…」
サルゴンは自称ギュスターヴにそう答えたが、彼自身、自分が放った言葉に動揺を覚えた。
 こんな胡散臭い人間には関わりあいにならない方がいい、と思っているはずなのだが、
この自称ギュスターヴから感じる強大なアニマに惹かれている気がしたのだ。
「俺は嫌だぜ、サルゴン。怪しいよ、こいつ」
「ワッツの言う通り。私達だけで十分よ」
サルゴンの動揺を感じたのか、自警団の二人は慌てて彼に主張した。
二人の言葉を聞くと、サルゴンは少し思案してから、そうだな、と小さく呟いた。
「そういうことだから…悪く思わないでくれ」
ギュスターヴを名乗る男にそう言って、
自警団員達は足早に石切場の奥の地下洞窟に向かった。
「まあ、無理もないかも知れないが…お手並み拝見、と行くかな」
自称ギュスターヴはそう呟き、しばらくしてからサルゴン達の後を追った。

「また、だいぶ溜まってるな」
石切場の地下洞窟には、大量の原生生物が生存している。
村の自警団員が定期的にモンスター討伐を行ってスライムを狩っているにも関わらず、
やはり次に来る時には、前に狩った分と同じ位のスライムの大群がそこにいるのだ。
「破片一つも残しちゃいけないのかしらね」
グレタは長い栗色の髪をかきあげながら、独りでに呟いていた。
「いくつかの破片が集まって、それで一個の個体になるんだろうな。
 つまり…やっぱり文字通り、一つ残らず片付けないといけないんだろう」
サルゴンは彼女の呟きに相槌を打ち、溜息をついた。
 原生生物の海、とでもいう表現が適切だろうか。
スライム自体も、実は侮りがたいモンスターである。大ナメクジや大ガエルよりも強力だ。
当然ながらサルゴンにとっては、知能のないモンスターは組し易い。
しかし恐るべきは、その生命力だ。切り刻んだ破片はそのうち集合して再生する。
つまり破片だけでも動くのだから、斬っても斬っても分裂するような感覚を覚えるのだ。
「じゃあそうだな、皆で一体ずつ着実にやっていこう」
「はあぁ〜。骨が折れるなぁ」


 しばらくすると、地下洞窟の通路一面にはびこっていたスライム達は綺麗に片付いた。
ところどころ破片が壁や床に飛び散ってはいるのだが、そこまで面倒は見切れない。
本当なら破片一つも残さない方がいいに決まってはいるが、それは無茶な話である。
「もう…これでいいよな」
ワッツは自分の身体についた原生生物の破片を払い落としながら、サルゴンに尋ねた。
ここでまだ駄目だ、と言われる事はないと思うのだが、
こう毎回スライムを倒していると少し慎重な作業も出てくるものである。
 ところがサルゴンは、その問いを聞いているのかいないのか、通路の奥を指差していた。
「グレタ、あの奥にある入り口らしき穴は何だと思う」
「え?知らないわ…あんな所、あったかしら」
「さあ、覚えはないが…。行ってみるか」
「そうね、少し気になるし」
二人はそうして、通路を奥の方に進んでいた。
「えー?まだ何かやるのかよ」
その後を、やる気なさげな声を上げながら、ワッツが慌てて追いかけた。

 通路の先にあった部屋は、ここが地下だということを忘れるような広さがあった。
天井はサラダボウルを伏せたような形、いわゆるドーム状になっている。
壁も床も、黒がかかった深い青。壁は床から出ている光を反射し、時折明るく輝く。
床に描かれている模様は、いくつかの星座。
彼らは天文学には詳しくないので、それらが何の星座かは大体の範囲でしか分からないが。
 それよりも気になるのは、この部屋の中央にある三つの装置だった。
両端には青緑色のスイッチ、中央には金色の四角錐が浮かんでいる。
 無用心だが、サルゴンはその仕掛けを軽く弄ってみた。
スイッチには結構な重量があるようだ。押したときに、ガチッ、と鈍い音が響いた。
すると床に描かれていた星座は消え、その代わりに消えた星座の近くに別の星座が現れた。
「へぇー…こんな所、この石切場にあったのか」
「そうよね。私も初めて知ったわ」
その様子を見ながら、ワッツは感嘆の声を上げた。
グレタもそれに相槌を打ちながら、その様子を見ていた。
 そんな会話を後ろ背で聞きながら、サルゴンはこの部屋の仕掛けを解こうとしていた。
「(この星図を完成させろということなんだろうけれども)」
 こう言うのも何だが、彼は昔からこういった頭脳労働は別のメンバーに任せていた。
別にサルゴンの頭が回らないというのではない。
彼よりも、こういった場面で頭が働く人間が周りにいただけである。
 例えば、術士や経験豊富なディガー。まだ駆け出しヴィジランツだった頃の先輩達だ。
臨機応変に遺跡のトラップを回避したり、また戦闘も場面に応じた方法を使い分けていた。
「(あの人達には、やはり追いつけないんだろうか)」
そんな彼らを越す人間にはなれないものだな、と彼は何時の間にか苦笑いをこぼしていた。
いや、今はそんなことよりも。
「(もう少し、トラップとかの解除の方法とか観察しておくべきだったな)」
目の前にある問題を解決する事が先決なのである。
 別にこんなものは放っておいてもいいのだが、
中途半端に着手して放置するのは気に入らないのである。
 いや、それよりも、ヴィジランツとして冒険していた頃の血が騒いだのだろうが。
「サルゴン」
「ん…なんだ?」
突然ワッツに声を掛けられて、サルゴンは少々驚きながら振り返った。
ワッツは少し困ったように軽く頬を掻くと、彼に言った。
「…いやさ、そのー…帰んない?」
「あ、済まない。あと少しで終わるから…」

あと少し、と言ってからしばらく過ぎた頃、突然床の青が明るくなった。
「ふぅ…終わった」
星座が全て揃うと、その絵はゆっくりと点滅を繰り返す。
スイッチがあった辺りの床には大樹が浮かび上がり、輝きを放っていた。
「綺麗ね」
それを見てグレタは呟いた。
が、隣に立っているワッツが特に反応も示さないので、少し機嫌悪そうに声をかけた。
「…ちょっとワッツ」
「んー…」
彼女はワッツの方に視線を向けた。
すると、彼は目を閉じて規則正しく寝息を立てているではないか。
 グレタは少し意地悪な笑みを見せると、彼の手袋ごと手の甲を抓った。
「いってててて、痛いってば」
「もう終わったみたいよ」
「え?」
ワッツが手を抑えながら声を上げると、グレタは穏やかに言った。
彼は、目線をグレタから床や壁に移した。
「お…すごいじゃん」
「ワッツ、反応遅いぞ」
彼が感嘆の声を上げたのに対して、サルゴンはからかい混じりに言った。
「サルゴンが遅いから寝ちまったんだよ」
「そんな、責任転嫁するなよ」


 彼らが部屋を出ると、すぐ右の壁にぽっかりと穴が開いていた。
いや、それは通路になっているのだろうか。奥に何かあるように見えた。
「通路…?ここには無かったはずだが」
洞窟から出ようとしていた足を一瞬止め、サルゴンは呟いた。
当然ながらその言葉が言い終わる前に、彼の足はその通路の先へと動いていたのだが。
その行動にあとの二人は少々驚いて、顔を見合わせた。
「やっぱりヴィジランツ時代の名残なのかしらね」
「さあ…何にしても、なんかまた厄介な事が起こらなきゃいいんだけどな」
二人は一言ずつ言葉を交わすと、彼らもまたサルゴンを追ってその通路へと足を向けた。

 その通路の先に広がっていたのは、小部屋だった。
先程までいたドーム状の部屋を一、ニ回り小さくしたような感じである。
壁に描かれている星座に絵は入っていなく、数個の光をただ線で結んだ星座である。
「何、この部屋?」
「この部屋に限らずとも…この地下洞窟自体が何なのか…さっぱり分からないな」
グレタが思わず洩らした疑問に答えるように、サルゴンは呟いていた。
「おい、二人とも…そっち」
サルゴン達は不意にワッツに声を掛けられて、彼の方を振り返った。
すると彼は床の方を指差したので、二人は部屋の中心の床の方に視点を移した。
 一匹だけの原生生物が飛び跳ねていた。
サルゴンが剣を抜いた。
しかし原生生物はそれを気に留める事も無いように、彼らが通った通路に消えてしまった。
 それが、何かのきっかけとなったのだろうか。
三人は部屋の中の異常な気の流れを感じた。
「あ、頭が……」
「い、イヤー」
ワッツの消え入りそうな声が、サルゴンに聞こえた。
そして、それに覆い被さるように、グレタの悲鳴も。
 サルゴンは、慌てて二人の方を振り返った。
彼が目にした光景、それは自警団の仲間二人の身体が原生生物へと変貌する瞬間だった。
「グレタ……ワッツ……」
サルゴンは、彼らの名を呼んでいた。
続く言葉は無かった。
 それを言う前に、彼は床に倒れていた。



「どうだ、気分は?」
 自分の顔を覗き込んでいる人間がいることは、なんとなく分かった。
洞窟に入る前に会った、自称ギュスターヴ。
 意識が戻った途端にそんなに抽象的なことを聞かれても、すぐに答えが出るはずはない。
そうサルゴンは思っていたが、思ったこととは裏腹に言葉は出ていた。
「不思議だ。力が漲っている」
その答えに、自称ギュスターヴは満足げに頷いた。
「そうだろうとも。お前が最も強かったのだ。お前は新たな力を得た」
その言葉を聞いたとき、不思議と口をついて出た言葉があった。
「何なりとお命じ下さい、ギュスターヴ様」
「私と共に進め。更なる力を得る為に」


 後に最も有名となる「偽」ギュスターヴの腹心の部下、「エーデルリッター」の一人目が誕生した。
名は、サルゴン。ユニ村の英雄。

1301年、彼らがハン・ノヴァを手にする4年前のことだった―――。

つづく


見てのとおり、イベント「エーデルリッター」です。
ワッツとグレタの扱いに困りながらも、イベント中のサルゴンってかっこいいねと思いつつ書いていました。
これから先に公開していく(と思われる)小説ではサルゴンは今回とは打って変わってボケなのですが、
やっぱりこれは「あの空に虹を」の時の印象が頭から離れないから、なんでしょうね。

このイベントで印象的な台詞は「何なりとお命じ下さい、ギュスターヴ様。」だと思うのですが、
このサルゴンの劇的な豹変ぶり(?)が、未だにどうしても理解できないのです。
しっかり考えを固めておかないと、「最後のメガリス」の時の言葉の重みも出てこないなぁと思うので、よく考えておきたいなぁと思った次第です。

書いた奴:やっぱり清風