城のバルコニーから一望できる城下町は、活気にあふれている。
この城下町から根こそぎアニマを吸いたいものだ、などと、物騒なことを考えていた偽ギュスターヴだったが、
背後に強い炎のアニマを感じ、顔を上げた。
「サルゴンか。どうした」
そのアニマの持ち主は、顔を見ずとも瞬時に分かる。
偽ギュスターヴはバルコニーの扉を押し開けた部下の方を振り返ることなく、要件を促した。
「ギュスターヴ様に、折り入ってお願いしたいことがございます」
「ほう」
――あれだけの力を与えてやっても、まだ足りないか? などとからかってやろうとも思ったが、
あまり追い詰めるのもよくないか、と思いとどまる。
サルゴンは若干抜けているところもあるが、特段非常識な言動が目立つわけでもない、扱いやすい部下だ。
内容によっては――面倒くさくないとか今後の計画の邪魔にならない限りは、話くらいは聞いてやるべきだろう。
「言ってみろ」
「はっ、では……」「ばう、ばうっ」
サルゴンに話の先を促すと、間髪入れず子犬の吠え声が耳に飛び込んできた。
そう言えば、背後からかすかに犬の子どもの臭いがする。そしてそれ以上に、何かが焦げるているような臭いも漂っている。
「こら、人が話してる時に吠えたら駄目だぞ」
どうもおかしいと思って偽ギュスターヴがようやく振り向くと、
本物の騎士のごとくしっかりした礼装――せめて見た目だけはそれらしくした方がいいというイシスの提案があった、に身を包んだサルゴンが、
床にちょこんと座った真っ赤な子犬のような生き物の口元を押さえている。
確かあれはガルムと呼ばれているモンスターだな、と偽ギュスターヴは記憶の片隅の知識を引っ張り出した。
腹の毛は白いようだが、背や尾は赤い。いや赤いと言う以前に、尾の先には赤々とした火が灯っている。
そしてその尾をぱたぱたと振ることで飛び散っている火の粉が、サルゴンの正装を若干焦がしていた。
「あ」サルゴンは呆気に取られている偽ギュスターヴの視線に気づいて、襟を正して一礼した。
「失礼いたしました。拾ってきた犬を飼いたいと思いまして」
――それは私の許可がいるのか。いや必要だなモンスターだし。そうだ第一それは犬ではないぞ。あと服が焦げているんだが、その服高いんだぞ。
返答よりも先に突っ込みたいことが口を突きそうになるが、サルゴンの隣で大人しくおすわりをしたモンスターの子どもに、ふと疑問が湧いた。
「どう手なずけた?」
「いや、特に何も。先ほど拾ってきたばかりですので」
生まれた時からしつけない限りは、この手のモンスターが人間の言うことを聞くことは滅多にないはずだ。
――エッグのようなクヴェルが持つ圧倒的なアニマによって支配でもしない限りは。
ということは、このモンスターはサルゴンに持たせたクヴェルか、あるいはサルゴン自身の強大な炎のアニマに惹かれて従っているのか。
だとすれば、他のエーデルリッターもこういったモンスターを従え、配下として使うことも可能なはずだ。
メガリスを利用して作り出されたエーデルリッターの予想していなかった力に、偽ギュスターヴは不敵な笑みをもらした。
「面白い。味方を噛みちぎらないようにしっかりとしつけるように」
「はっ、ありがとうございま……あ、こらポチ、くすぐったい――」
「いや待て、名前は変えろ」
偽ギュスターヴの意味ありげな笑みに若干の引っ掛かりを感じながらも、サルゴンは思い出したようにすっ、と跪く。
するとモンスターの子どもはサルゴンの腕に前足を引っ掛けるようにして立ち、顔をなめだした。
その一見かわいらしい様子はいかにも子犬なのだが、すでに立派な牙が口から見え、
相変わらず勢いよく振られた尾から火の粉が飛び散って、いい仕立ての礼服を焦がしている。
だが礼服よりも気になることが一点飛び出して、偽ギュスターヴはモンスターの子どもと部下のふれあいを遮るように声を上げる。
「いけませんか」
「ポチと呼ぶようなサイズではなくなるぞ」
「……考えてみます。こらポチってば、やめろって」
「お前、今の話は聞いていたか」
まだ顔をなめるモンスターの子どもを軽くたしなめるように苦笑いを浮かべるサルゴンに、ただただ呆れる偽ギュスターヴであった。


「ギュスターヴの陣営へ」でサルゴンが連れてきたガルムは、サルゴンの愛犬だと思います。