聖闘士らしい仕事へ(1)



 アテナの聖闘士とは、知恵と戦の女神アテナを守護する戦士達である。
彼らは聖衣と呼ばれる光り輝く鎧をその身にまとい、
「小宇宙(コスモ)」と呼ばれる力によって己の肉体のみを武器として、
地上の平和を脅かすものと戦う、慈愛に満ちた戦士であるとも言われている、が。

「で、小宇宙ってどういうものか、分かるか?」
エーゲ海に向かって突き出たアッティカ半島に位置するアテナイ郊外にある、女神アテナの聖域の、とある広場の片隅。
ここは聖闘士達の根拠地であり、この地で聖闘士達は技を磨き、知を蓄え――そして、後進を育て上げ、来たるべき戦へ備えている。
この日、鷲座のフォルティスは、
そろそろ二桁に届くか届かないかという年頃の少年の座学――と言っても椅子はなく、
その辺の地面に座らせているのだが、に朝から付き合っていた。
将来は星の導きがあれば聖闘士となり、もしそうでなくても聖域を支えていくことになるだろう子どもだ。
「え、ええと」オリーブ色の瞳をくるくるさせて、小柄な少年は手をばたつかせる。「なんかこう……その」
「ちゃんとした文章になってなくてもいいから、思いつくことを言ってみな」
何か漠然としたイメージがあるのだろうが、うまく言葉にできないようだ。
なんとか答えたいけれどなんともならないで慌てる少年に、フォルティスは思わず苦笑いを浮かべる。
「うーんと……」
そんな先輩の顔を見て少年は、はっ、と我に返り、わたわたとせわしなく動かした手を止めて考え込んだ。
答えがなんとなく形にできるまで、少し時間がかかりそうだ。
フォルティスはちらり、と近くの階段に腰を下ろしてこちらを見ているいる青年に目をやる。
授業参観の父親のような目線をこちらに向けているが、身体は若々しく、顔はどことなく幼い。
青年はフォルティスからの目線に気が付くと、にこり、と微笑んで、二、三回首を縦に振った。
気にせず続けろということだろう、とフォルティスは解釈し、目の前の少年に視線を戻す。
視線の動きも少なくり、なんとか考えがまとまったらしい。フォルティスは小さく頷いて先を促した。
「僕達が持つ力で……気合とかやる気とか入れると働き出す感じで……」
「そうそう、だいたいそういう感じ」
大雑把ではあるが、間違っていることではない。まだどことなく自信無げな少年の言葉に、フォルティスはにこやかに答える。
「アクラエースさんによるとだな」と前置きをしてから、フォルティスは右手に握っていたオリーブの枝で、がりがり、と地面をひっかいて図を描いた。
「聖闘士じゃなくても、人間なら誰だって自分の体の中に宇宙(コスモ)を持っているものなんだよ」
「体の中に、宇宙が?」少年は首を傾げる。「宇宙って、原初の神々を生み出したカオスよりも前にあったっていう、あの宇宙ですか?」
「その宇宙のことを、大宇宙(マクロコスモ)と呼ぶんだ。
 それと比べると規模も力も小さいけれど同じ性質を持った、オレ達の体にあるのが小宇宙(ミクロコスモ)。略してコスモ」
「大宇宙が原初の神々を生んだように、僕らの中の小宇宙がすごい力を生み出しているんですね」
「そうだ」フォルティスは満足げに頷く。「その力を心とか感情によって制御できるようになったら、一人前だ」
「せい、ぎょ……? 出さないといけないことはあっても、抑えないといけないこともあるんですか?」
少年はたどたどしく呟いてから、また首をひねる。フォルティスは苦笑いを浮かべて「そうだな、なんて言うか」と首をひねってから、ぽん、と手を打った。
「オレ達聖闘士の力は、アテナを守護すること、正義を守ることのために使われるべきだっていうのは知ってるな?」
フォルティスが手にしていたオリーブの枝を地面に置いて、真正面に少年を見据えると、少年は神妙な面持ちで小さく頷いた。
「それを破ることは聖域全てを敵に回すことだって、アクラエースさんから聞きました」
「それなら話は早い。聖闘士の力っていうのは、小宇宙を操り超人的な能力を発揮する力――平たく言うと化け物並みだと思ってほしい」
「あっ、ちゃんとしたこと以外で小宇宙を燃やしたらいけない……ということ、ですか?」少年の目が宙を泳ぐ。
「例えばどうしようもなく腹が立つことがあっても、それが個人的な理由だったら、少なくとも小宇宙を燃やさず静かに怒れ、というか……」
「そう! そういうことだ。お前、なかなか理解が早いな」
蚊の鳴くような声ではあったものの、少年が自分が導き出した答えを提示できたこと、それが正しい答えであったことに、
フォルティスは快哉の声をあげた。
「あ、ありがとうございます!」
自信無げに上目づかいでフォルティスの瞳を覗き込んでいた少年の目が、途端に明るく輝いた。
「それを破ったがために、聖衣を剥奪されて聖域を追放された聖闘士もいるそうだ。……行き過ぎたことをしない限りは大丈夫だけどな」
正義とは程遠い行動に、小宇宙より生み出された超人的な力を伴わせること、それが聖域が禁じている行為である。
上層部では「身内を救い出すための金を工面するにあたり、聖闘士としての力を利用した」場合は処罰するべきかどうなのか、
という話がのぼり、今回は仕方がないが今後同様のことが起こった場合の処遇をどうするか、と、大いに議論が繰り広げられているらしい――が、
上層部でもなく既に身内もないフォルティスには、直接は関係のない話である。



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