とある日の雑務(5)




「よかったね、何事もなく復帰できそうで。お父さんもこっちに来れそうだし」
「ああ。大ごとにならずに済んでよかったな」
夕日を受けて白銀色の聖衣を赤銅色に輝かせながら、フォルティスとロクシアスは任務を終えて宿舎への帰路についていた。
今回の任務によって、聖域脱走の廉で死刑に処せられたかもしれない戦力を失わずに済んだのは、後味のよいものだったし、聖域のためにもなる。
ロクシアスは軽く背伸びをして、澄ましたような顔で少し後ろを歩いていたフォルティスを振り返る。
「そういえば君、ローマ市の生まれだよね? 久しぶりの故郷はどうだったの。親御さんとか兄弟とか、元気だった?」
「そんな暇ねえよ、お前が仕事しないでほっつき歩いてたから。それに、もう生きてないし」
「え?」
「死んだよ。十年くらい前だ……」
ローマの元老院議員だった父がコンスタンティノポリスへ参内するように命じられ、家族で船旅に出たこと。
その船が海で嵐に遭い、家族が離散したこと。
その中でフォルティス少年が一人だけ、アテナイに流れ着いたこと。
身寄りがいなくなり、奴隷商人に売り渡される覚悟を決めたこと。
かと思ったら、連れて行かれた先がアテナの聖域だったこと。
「で、そのまま聖闘士になる修業を始めたってわけだ」
特に表情を変えるでもなく、フォルティスは淡々と話した。
「そうだったんだ……ごめん」
フォルティスが普段と何の変わりのない口調で流暢に話す様子に、かえってロクシアスは表情を硬くした。
普段から少し冷めた態度があったり、かと思えば悟ったかのような表情を見せるのはそういうことがあったからなのかな、とロクシアスは納得すると同時に、
無神経な話を振ってしまったことを後悔して目を伏せる。
「で、でもさ、死んだっていう証拠はないんだろう?」
「は? ……ああ、まあ。遺体を直に見たわけじゃないけれど」
自分が招いた重苦しい空気に耐え切れず、ロクシアスは首を横に振ると、手を叩いて不自然に明るい声を出した。
その行動にフォルティスは頓狂な声を上げてから、曖昧な言葉を返す。
「どこかで生きてるんじゃないの? いちばん体力のない子供だった君が生き延びてるんだろ」
「どうだろうな……そうだといいけれどな」
その場を取り繕うように快活な声を作って励ましの声を送るロクシアスに、フォルティスは気のない返事をした。
声をかけてもらっているからとりあえず返事をしている、という感じである。
それを分かっているのかいないのか、ロクシアスは言葉を続ける。
「怪しい新興宗教がよく言うじゃない、信じる者は救われるって。だからさ、希望は持っておいてもいいんじゃない」
「説得する気あんのかお前」


こうして、日々は過ぎていく。



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