聖闘士らしい仕事へ(5)



「ふへぇ……き、緊張したぁ……」
仕事へ戻ったアクラエースの背を見送ると、三人は改めて食堂の軋む椅子に座り直し、
多量の水で薄めた葡萄酒の杯をコツン、と軽くぶつけあい、口を潤し――開口一発、ロクシアスが情けない声を上げた。
「お前でもああやって固まるもんなんだな。いいもの見た」
「アクラエース様のことは見慣れているのだろう。何をそんなに今さら」
「だって、黄金聖衣なんて滅多に――」
忍び笑いを浮かべるフォルティスと素気ないグランドーの顔を交互に見比べ、ロクシアスは口を尖らせたが、すぐにぽん、と手を叩いた。
「そうか、二人とも師匠が黄金聖闘士だから、別に珍しくないのか」
「いや……」ロクシアスの言葉に、フォルティスは苦笑いを浮かべる。「アクラエースさんはあまり聖衣でうろつかないから、オレもあまり見慣れちゃいないけど」
フォルティスの師匠兼上司アクラエースが黄金聖闘士の一人であることは、先ほどの黄金聖衣での登場もあり、言うまでもない。
だが、先ほどのロクシアスのように過度に人を緊張させるきらいがある黄金聖衣の着用を、必要最低限にとどめているところがあるようだ。
「セダーティオ様も、十二宮か教皇様に用事がない限りは水瓶座(ヒュドロコオス)の聖衣は着ていないが」
「いや、あの人はだいたい教皇様の近くにいるじゃないか。むしろ平服の方が珍しいんじゃないの」
「言われてみれば、そうかもしれん」
ロクシアスの言葉にさほど反論もせず、グランドーはうなずいた。
彼の師にあたる水瓶座のセダーティオは黄金聖闘士の中でも年長で、教皇の片腕としてこの聖域を切り盛りしている。
そのため教皇の間へ詰めていることがほとんどで、フォルティスの師である射手座のように気軽に聖域をうろつくことは少ない。
それでもグランドーが、師が聖衣をまとっていない状態をよく目撃しているのは、弟子としての特権のようなもの――見たからと言ってなんだというものでもないのだが――だ。
「そういえば、セダーティオ様って噂は聞くけれど姿は知らないな」「あ、そういえば僕もそうだ」
そもそも黄金聖闘士は、フォルティスら白銀聖闘士や山猫座の青銅聖闘士と同じ聖闘士ではあるものの、
よほどの有事でもない限りその聖衣をまとい任務へ赴くことは少ない。
そのため、全ての聖闘士を束ねる教皇と黄金聖闘士以外は、彼らの顔と名前が一致しないことも珍しくないのだ。
もっとも、射手座のアクラエースのように聖域内を気ままに闊歩している黄金聖闘士もいるのだが、
それは数少ないケース――そもそも全体数が少ないが――である。
「それはそうと、暗黒聖闘士の話なんだが」
「ん? ああ」「あ、うん」
「山猫座の話だと、奴らの大半は地元の不良のようだったが、聖域で見たことがある顔もいくつか混じっている、らしい」
二人が教皇の側近中の側近と言われる水瓶座に想像を巡らせているところに、不意にグランドーが口を開いた。
「地元の不良って……反抗期のガキとか強盗とかか。そっちのが多いって?」
「本物の暗黒聖闘士に混じって日ごろのうっぷんを晴らしている、ただの暴徒だ」
フォルティスの言葉に、グランドーはうなずいた。
「元をただせば聖闘士とは関係のない民間人だ。あまり無用に痛めつけず、軽く脅かして追い払うのが無難だろう」
事務連絡のように抑揚に乏しいグランドーの言葉に、わかった、とフォルティスとロクシアスは首を縦に振る。
あくまでも聖闘士が討つべきは、アテナの聖域での修行で身につけた力を不当にふるう暗黒聖闘士であり、国の法から外れた悪ではない。
一般人――聖域での修行の経験がない人間のことだ――が道を踏み外せば、その更生や処分は地域の人間が行うことができるが、
一般人からすれば並外れた力を持つ暗黒聖闘士の処分は、聖闘士にしかできないことだ。
「でもさ、数人は聖域にいた人間なんでしょ? ……ちょっと、やりづらいね」
「ああ」ロクシアスの不安げな言葉に、グランドーはうなずいた。「手の内がばれていると、勢いだけでは押しづらいからな」
「えっ? いや……」
「いや、勢いで押せるだろ? どうせ奴らの聖衣はまがい物だし、力もそれほどあるとは思えないし」
「あのー……」
「だが、奴らは節度を知らないからな。反則も辞さないぞ……実戦になれば反則も何もないが」
「ああ、そういや訳が分からないところがあるな。悪さしてるところからして理解できないし」
「だから、あまり油断しない方が――」
「そういう話じゃなくってー」
暗黒聖闘士の実力について多少タカをくくってはいるものの、
冷静な戦力分析を始めたグランドーとフォルティスに置いてきぼりをくらったロクシアスは、
思わず両手のひらで食堂の古臭い木製のテーブルを、バン、と叩いた。
その勢いで机上の混酒器が軽く跳ね上がり、中に満たされていた葡萄酒の水割りの飛沫が数滴、ロクシアスの手の甲に飛んだ。
「あ、ごめん。ちょっと勢い余って」
二人の訝しむような目線が自分に向いたことで、ロクシアスは、はっ、と我に返ったかのように縮こまり、
手の甲に飛んだ葡萄酒をなめてから、ばつが悪そうに話し出した。
「その……二人とも、知り合いと戦うなんてことになったら、感情的にやりづらくない?」
「ああ、そういうことか……」
フォルティスはようやくロクシアスの言葉が腹に落ちたらしく、うんうん、とうなずいて、考え込んだ。
「(聖域を抜けた知り合い、か。いなくはないけれど)」
フォルティスの脳裏に、四年ほど前に聖域から姿を消した兄弟子の顔がふと思い浮かんだ。
弟弟子の自分が白銀聖衣を賜ってしばらくして、自分が得られるだろう聖衣が聖衣が青銅聖衣と知ってから思い悩んだらしいが、
それが原因で聖域を出て、あまつさえ暗黒聖闘士に身を落としているなどということは――。
「(まさか、な。あいつはそういう力目当てで聖闘士になろうとした奴じゃなかったはずだ……きっと)」
フォルティスは軽く首を横に振り、溜息をついて、ぽつりとつぶやくように言葉を絞り出した。
「近しい知り合いには、そっちに転びそうな奴はいないと思う。問題ないさ」
「あ、そう? ……それなら、いいんだけどさ」
フォルティスの物言いは、言葉そのものに反して歯切れが悪い。
ロクシアスも何となしに察したのか、気にしない様子を取り繕うかのように明るく笑って見せる。
「で、どうなの、グランドーは」
「気が進まないのは確かだが、やるしかない」
「そうか。そうだね」
こちらも言葉そのものとは裏腹に、何も気に留めていないような調子である。
何か引っかかるところがありそうなフォルティスと、あまり乗り気でない自分に気を遣ったのだろうか、とロクシアスは思い、
トーンを合わせるかのように、いつもの口調で返す。
フォルティスもそれにうなずき、杯に残っていた薄味の葡萄酒を口に流し込んでから、すっと立ち上がった。
「何であれ、地上の平和を守るアテナ様――の代行者の教皇、からの指令なんだ、やるしかないだろ」
「そうだね。ま、なんとかなるか」
「そもそも失敗する要素はほとんどないからな」


こうして白銀聖闘士の三人は、任務へ赴くのであった。



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