正規の聖闘士ですから(前) −2



 少々過激な警告からの騒動から数刻。
特に聖闘士や聖域とは関係はなかったが、一人の聖域関係者の口車に乗ったのか暗黒聖闘士と名乗っていた烏合の衆は、
暗黒聖衣を自ら脱ぎ捨てたり、恐慌状態に陥っているところで暗黒聖衣を破壊されたりした後、町の方へ逃げ帰って行った。
――最初に飛びかかってきた、聖域関係者と思しき一人を除いて。
そしてその一人は三人の聖闘士に取り囲まれて、暗黒聖闘士に関するありとあらゆる情報を吐かされている最中である。
「そこの穴倉が、お前達の拠点なんだな?」
「へ、へい」歯の根があわないような震え声で、暗黒聖闘士は返事をした。
本物の聖闘士――しかもそのうち一人は自分を軽々と投げ飛ばし、
あと一人は拳圧のひとつで暗黒聖衣を破壊した恐るべき人間たちだ、に退路を塞がれ、恐怖におののいている様子だ。
もっとも、白銀聖闘士の一人が起こした季節外れの寒気と雹に震えているだけかもしれないのだが。
「中にはまだ人が残っているのか?」
「ものぐさや、細かいことを気にしない性分の奴が」グランドーの問いに指折り数える手が、すぐに答えを出した。「四人。聖域出の奴らです。あとは外に出てます」
絶対数がないために多いとも少ないとも言えないその数に、三人は一様に渋い顔をした。
「聖域出身の不良ってそんなにいるんだ。やだやだ」
「一人頭一人片付けて、余った一人は適当に……だな。どういう奴らだ?」
ロクシアスがこめかみを押さえながら嘆息すると、フォルティスもため息交じりに言ってから、暗黒聖闘士に向き直る。
フォルティスの問いに暗黒聖闘士は「フッ、これは争いの神の導きというものか――」と、にやりと顔を歪めたが、
話の先を促すかのように首筋に押し当てられた氷のように冷やかな手のひらにびくり、と身を震わせてから、
気を取り直して不敵な笑みを浮かべ、鷲座のフォルティス、琴座のロクシアス、鯨座のグランドーを順に見やる。
「お前達と同じ星座だ。鷲座、琴座、鯨座。それと、ペルセウス座」
するとフォルティスは「へえ」と気のない声を上げ、ロクシアスは「えっ」と顔を上げ、グランドーも声こそ出さないがわずかに目を見開いた。
「どいつも、それぞれの守護星座と言われたその聖衣を目指していた――おそらく、お前達の好敵手だった男達だ。
 ちなみにオレは地獄の番犬座の候補だった」
ほんのわずかではあるが聖闘士達を動揺させたことを勝ち誇るかのように、暗黒聖闘士は口角を上げて話す――が、聖闘士達の反応はいささか鈍い。
「そういや、不良になりそうなケがあるのがいたかもな」
「ん? 近しい知り合いにはそういうのはいない、って言ってなかったっけ?」
「近しくない知り合いになら、いるかもなって」
得意げな暗黒聖闘士のことをさして気に留めていないかのようにフォルティスが不意に呟いた言葉をロクシアスが耳敏く拾い上げ、
いつもどおりのごく軽い口調で問いかけると、フォルティスも抑揚の少ないいつもどおりの口調で言葉を返す。
「どういう仲なのさ、それ」
「聖衣を得るための勝ち抜き戦でぶっ飛ばした何人かのうちの一人にはいるかもな、ってくらい」
「その後行方をくらませた、ってこと?」
「っていう奴もいたらしいぞ。聖闘士になれないんじゃお先真っ暗だと思ったんだろうな」
「普通は一般兵になれるじゃない」
「強けりゃ多少の素行の悪さは見過ごされるが、兵士だとそうも行かないんだろうよ」
「あー、そういう」
「それで、どう動く?」すっかり雑談に入っているフォルティスとロクシアスの間に割って入るように、グランドーが口を開く。「まとまって動くのもバカバカしい話だと思うが」
「別れて行動しよう。大した相手じゃなさそうだし」
フォルティスはそうだな、と言わんばかりに軽くうなずいて、考えたような間もなくさらりと言った。
その際に、ひとしきり情報を吐かせたと思われる暗黒聖闘士を横目でちらり、と見て、特に小ばかにする必要はないのだが、付け加えることも忘れない。
もちろんあとの二人の聖闘士も、だよねー、と笑ったり、深くうなずいたりして、その言葉に大きく同意するところを見せつけることも忘れない。
「おい、黙って聞いてりゃあお前ら、オレ達をバカにし過――」
「聖域にいられない根性なしは、黙ってな」
自分たちの扱いがあまりにも軽いことに暗黒聖闘士は抗議の声を上げ――たものの、
あまり強くない語調にもかかわらずぴしゃり、とフォルティスに言い放たれ、抗議の声を上げようとしたが、ごにょり、と口ごもった。
 聖衣の獲得を目指していた聖闘士候補生達が聖衣を獲得できなかった時は、一般の兵士として聖域を守るよう指令を受けることが多い。
聖衣こそ無けれども聖闘士にほど近い実力を持つ兵士達は軍でも一目置かれ、武勇によって名を挙げることも難しくない。
また、聖闘士が不測の事態によって戦線を離れることになれば、再度聖闘士を目指すこともできるとも言われているのである。
ただし一般兵も聖域の厳しい掟に従った生活を求められるため、ただの荒くれ者が長く聖域に留まることは難しくもある。
とは言え、その掟も、一般社会よりは多少禁欲的なきらいはあるが大筋としてはさほど変わらず――涜神、特にアテナに対するものは重罪だが、
違うところと言えば罰が非常に厳しいことくらいなのだが。
それでも聖域に留まっていられなかったのは、息が詰まるような神聖な空気がそこはかとなく流れる聖域に嫌気がさしてか、
自分の実力不足への悔恨か、はたまた現実逃避か、ただ単純に羽目を外したかったのか、聖域側から追い出されたのか。
「じゃあ、誰がどれを片付けようか?」
そんな事情を、白銀聖闘士達はいちいち探ろうとはしない。ロクシアスは買い物の分担でもするかのような口調で、二人の聖闘士へ語り掛けた。
「オレが暗黒鷲座へ行こう」と、フォルティスが手を挙げる。「曲がりなりにも鷲座なら、相手の動きは素早いだろう。お前達より、オレの方が対処できると思う」
「じゃ、僕は暗黒琴座に行くよ」と、ロクシアスが名乗りを上げる。「きっと向こうも琴を使うんだ。そういうのに一番慣れてるのは僕のはずだからね」
「となると、オレはまず暗黒鯨座か」二人を交互に見回して、グランドーがうなずいた。「何をしてくるかは知らんが、大丈夫だろう。たかが聖闘士未満だ」
聖域にいた者達がなぜ暗黒聖闘士へ身を落としたか、やむにやまれぬ事情があったのか。
何であれフォルティスらにとっては敵であり格下の相手であり、何の情け容赦をかける余地も用心もない。
「じゃあ、最後の一人……はペルセウスかな、そこで集合かな」
「そうなりそうだな。じゃ、また後で」
「ああ。女神の加護があらんことを」
三人は顔を見合わせてうなずくと、聖山の地下へと続くぽっかりと空いた穴へ入って行った。
「と、忘れ物、忘れ物」
かと思えば、先頭を歩いていたフォルティスがくるりと引き返して、ぽつりと取り残された暗黒聖闘士を一発殴り飛ばし、再び奥へと潜って行った。


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